犬と家族、地域の人の幸せを撮りたい─
移住して、被写体の幅も広がった

「犬本来の自然な姿を撮りたい。私が大切にしているのは、飼い主様だけではなく犬が喜んでいる写真を撮ることなので、彼らがのびのび駆け回れる田舎に住みたいと考えていました」

そう語るのは、カメラマンの井上浩一さん。元々は実家がある西宮市内で別の仕事をしていたが、独学で写真を学び、40歳の頃にフリーランスとして独立した。以後10年、地元の夙川周辺の公園などで犬の撮影を専門に活動していた。

「でも都会では、犬と飼い主が一緒に遊べる撮影場所を見つけるのが難しい。だから丹波篠山市や三田市への移住を目指していたんですが、いい物件が見つからず…そんな時、日南町を紹介してもらったんです」

ご縁を繋いでくれたのは、憧れの動物写真家、福田幸広さんだった。ワンボックスカーで車中泊をしながら全国各地で野生動物を撮影するというスタイルに惹かれ、「自分もそんな風にやりたい」と願っていた井上さん。まさかその夢がいきなり叶うとは…。

「写真集にサインをもらったとき、思いきって夢を伝えたんです。そうしたら福田さんが当時乗っていたライトバンをタダで譲ってくれたんですよ!奇跡ですよね。そして日南町を薦めてくれました。地元の人がとても親切だし、大自然の中で撮影したいなら凄く良いよって。福田さんはオオサンショウウオの撮影で日南町に通っていたので、地域の魅力をよくご存じだったんですね」

善は急げと早速役場に行って空き家バンクに登録し、家賃が一番安い物件で即決。犬と一緒の移住でも、役場が大家さんとの仲介に入ったことでスムーズに進んだ。

「実際の暮らしは、夜道の暗さや冬の寒さ以外には特に不便と感じません。カメラの仕事はそれまでの経験でお客様のニーズや呼び込み方の勘所は掴んでいたので、いけるはずだと期待してました。関東なら八ヶ岳や山中湖あたりで犬のレクレーションの場所や一緒に泊まれる施設もありますが、関西にはあまり無いんです。だから関西からの旅行客を取り込めるはずだと」

見込みは当たり、それなりに仕事はあった。顧客のメインは旅行客で、被写体は犬。しかし徐々に考え方が変わってきたという。きっかけは、2020年に地域振興センターから依頼されて開催した写真展だった。

「近所のおじいちゃん達が畑にいるところの写真を撮らせてもらい、写真展で飾りました。90歳のおじいちゃんのしわくちゃの笑顔。普段着の姿や自然な表情がめちゃくちゃ魅力的なんですよね。僕自身それに気付けたし、写真を贈ったらとても喜んでもらえた。写真展は、地元の皆さんに僕を身近に感じてもらう接点になったんです。それ以来、もっと地元の方の写真も撮っていこうと思い始めました」

地域との関係が変わったのには、新型コロナウイルスの蔓延も影響した。仕事場のホテルが休館になり、家にいる時間が増えたことで地域内のコミュニケーションも増えたのだ。畑の手伝いや草刈り。ご近所さんに色々と教わりながら自宅の庭を畑にして野菜を栽培。自給自足の喜びも知った。

「移住当初は自分の仕事のことばかりしてたけど、今では交流の時間も多いです。最近は移住者どうしの意見交換会にも参加して、半分カメラマン・半分農業みたいな生き方もできるよって教えてもらったりして、それいいな〜って思ったり。いま土いじりが楽しくて、中古の耕運機を買っちゃいました。人間関係含め、都会にいた頃よりも心地よく生活できてますね」

実体験で知った田舎の良さ。景色や開放感、温かい人情。都会では出来ない一日の過ごし方。ここだからこそ体験できる、犬が喜び人も喜ぶ撮影会やフォトツアーを提供するのが井上さんの夢になった。

「古民家で地元の人たちと触れ合いながら、裏山へ犬を放して遊ばせてあげたり。ゆくゆくは自分のペンションをもって、星を眺めながら犬と泊まっていただきたい。それができたら最高ですね!」

自分を日南町に繋いでくれた “恩人” 福田さんの言葉が、今いっそう胸に染みている。

「一人では生きていけない。地元の方を一番大切にして生きて行きなさい」と。

「犬の撮影だけじゃなく、地域の方の役に立ちたい。日常の何気ない姿を撮影して、離れて暮らしている都会のお子さんに送ってあげるのもいいかもしれない。写真で何か恩返ししたいです。旅行客相手のフォトツアーでも、例えば地元の人と一緒にそば打ち体験をしたり、交流を混ぜていっても面白い。少しずつ、そんなこともやっていきたいですね」

Kouichi Inoue

カメラマン。兵庫県西宮市出身。独学で写真を学び、犬専門のカメラマンとして地元での撮影会を中心に10年間活動。大山を擁する鳥取県の大自然の中で犬と家族の写真を撮影していこうと決意し、2019年、愛犬の永遠(ゴールデンレトリバー)と苺(コーギー)を連れて日南町へ移住。『犬も家族も自然な表情を撮る』をテーマに撮影サービス「まるまるフォト」を個人で開業。狗賓ホテルを活動拠点として犬の撮影を行うほか、旧日野上小学校にもスタジオを構える。2022年からは七五三等の出張撮影なども行い、仕事の幅を広げている。