強さと優しさと、こだわりの味。
地域で愛される “お母さん”

JR伯備線の生山駅は、2023年で開業100周年を迎えた歴史ある駅だ。川口美保子さんは、そのすぐ隣にある「お好み焼き さくら」の店主として腕を振るう。
出身は、お好み焼きの聖地・広島。65歳の時に一人で日南町へIターンして6年目になる。

都会生まれの都会育ち。若い頃は広島市内でお好み焼きと喫茶の店を切り盛りし、人気を博していた。一方で、自然豊かで静かな環境に強い憧れがあった。

「都会の生活は便利やけど、うるさいのがイヤでね。65歳になったら海か山のある場所に移住しようって、ずっと思っていたんです。日南町に決めたのは、テレビ番組で、観光協会の加藤さん( =大阪市からのIターン女性)が移住者目線で日南の魅力を紹介していて、すごく良さそうな町だなと思ったのがきっかけ。早速電話して実際に行ってみて、気に入っちゃって」

食事に来ていた加藤さんと談笑

移住直前、川口さんは介護ヘルパーをしていた。かつて一人で運営していたお好み焼き店は、ご主人が会社を退職した時から夫婦で働くようになり、しばらくすると完全に店をご主人に任せて、川口さん自身は介護業界に転職していたのだ。

「介護はやりがいがあって、資格もいろいろ取りました。主人が52歳で亡くなってお好み焼き屋は辞めてしまったから、日南では何をして働こうかと思ったけど…、観光協会に相談した時、川口さんは調理師も栄養士も介護も資格があるから、働く場所はいっぱいあるよ~って言ってもらえて嬉しかった。結局、居抜きの店舗が見つかったので、また飲食店を始めたけどね」

縁もゆかりもない。若者でもない。
それでも、川口さんは移住を決めた。
ときめきや直観を大切に、世界を変える一歩を踏み出すのに、年齢は関係ないのだ。

「さくら」は週末にお客が多く、特に昼時はてんてこ舞いだ。生山駅は、岡山と山陰を結ぶ特急やくもが停車するため、いわゆる“撮り鉄”の客もしばしば来店する。

「お客さんは、日南の住民さんが7割。米子から車で来てくれる人が1割。あとは観光客やね。広島お好み焼きは日南町では珍しいからね。うちは広島『風』じゃなくて、本物じゃから!」

ひと言で広島お好み焼きと言っても多種多様だが、川口さんが作るのは広島市内のスタイル。ソースはオタフクソースだ。キャベツと白ネギは日南町の農家から仕入れる。そばは、山陰の製麺所の麺をいくつも吟味して、これだ!という米子の麺に決めた。

「薄く生地を引いて、鰹の出汁粉をふって、キャベツを一盛り。その上に天かすのせて、もやし、豚肉スライスを2,3枚。そして必ずそばかうどんを入れて焼きます。丸いステーキ皿に乗せて、ジュウ~言うてるやつをお客さんに出すんよ。ほいで取り皿と箸とヘラを出すんだけど、日南町にはね、ヘラで食べる人がほとんどおらんのよ!使える人は10人に1人か2人やね」

お好み焼き以外にも焼きそばや焼きうどんも人気商品

楽しそうに語る川口さん。広島という本場で培った、こだわりと誇りは健在だ。
自慢の一枚を焼いてもらった。熱々のお好み焼きを頬張ると、そばはもちもちだが脂を吸ってところどころパリッと焼けて香ばしい。生地の上でじっくり蒸し焼き状態になったキャベツは旨みも甘みもたっぷりで、トッピングのネギのシャキシャキした食感とも絶妙に調和している。
味は極上だが気取らない感じが、川口さんの親しみあるキャラクターと相まって、毎日でも食べに来たくなる。なるほど、人気があるのも納得だ。

「客商売が好き。でもお客さんとは喧嘩することもあるよ。言うことは言わにゃ」
歯に衣着せぬ性格だ。失礼な客にはズバッと注意することもあり、まるで頼れる“お母さん”。 バイトの女性からは実際にお母さんと呼ばれ、慕われている。

「今、仕事も人間関係も充実してます。冬の雪は大変だけど町の人が除雪してくれるし、助けてくれる人がようけおるから大丈夫。都会と比べたらそりゃ不便だけど、広島に帰りたいとは思わない。住めば住むほどここがいい。だから、ここで家を買いました!」

10部屋もある大きな自宅を購入したのは、シェアハウスとして使いたかったから。今は、移住後にもらった猫2匹、トムとマリリンと自分だけだが、いつか気心の知れた仲間とにぎやかに暮らしたい。そんな夢を温めている。「私は人間が大好き。せやなかったら商売できんしね。でもガツガツ働くわけではないよ。マイペースが大事!」

日南町の環境を愛し、人を愛し、 自分らしさを大切に生きている。
川口さんのそんな在り方が、 「さくら」のお好み焼きを より一層美味しくしているに違いない。

Mihoko Kawaguchi

「お好み焼き さくら」店主。広島県広島市出身。広島市内でお好み焼き&喫茶の店の女将として活躍した後、ヘルパー(訪問介護員)として働いていたが、65歳で単身日南町へ移住してお好み焼き店を再開。最初はJR上石見駅構内で営業し、2023年7月にJR生山駅の隣へ移転。本場の広島お好み焼きが評判で、常連客に愛される人気店となっている。店名の「さくら」はお孫さんの名前が由来。店の近くに自宅を購入し、2023年現在、愛猫2匹と一緒に暮らしている。